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そわそわブログ♪〜(・∀)ノシ

プロフィール

ブログ名
そわそわブログ♪〜(・∀)ノシ
ブログ紹介
管理人のノポルです。みなさまようこそ。

自分の注意欠陥かつ多動でそれなりに困っています。
AD/HDに関しては、健康診断でその疑いがある、とだけ言われました。
診断はともかく、「どじ」「おっちょこちょい」「うっかりさん」であることは否定できません。
そんなそわそわした気持ちとなんとか折り合いをつけて生きてます。

落ち着きと集中力のない人間がどうやって生きているのか。どんな経験をして、どんな工夫をしてきたのか。そういう性格で嬉しかったことや悔しかったことは何か。
このサイトでは、落ち着きのなさや注意力不足に関するそんな話題を扱いたいなと思っています。

このブログは2005年5月7日に開始しました。さあ今度はいつまで続くでしょうか。
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はれると困る

2012/05/20 22:29
足に雑菌が入って腫れた。打ち身だとばかり思っていて整形外科に行ったら、出てきたのは抗生物質。今も保冷剤をサポーターで縛りつけてる。
明日は日蝕。はれるようにとみんなが念じているというのに、はれが引きますようにと祈るぼく。なんてこってすか。
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マドロス小僧

2012/04/20 22:27
ちょっと前に横浜に行ってきた。

待ち合わせの時間まで少し余裕があったので駅前をうろうろしていたらマドロス小僧少年の像なるものがあった。
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それはいいんだけど、よく見るとパイプに何かある。
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パイプの中にたばこ。しかも吸殻。なんかじわじわくる。
ぼくの中ではこれ↓と同じハコに入ってます。
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事後報告

2012/04/07 23:28
ちょっと前にまた歳をとりました。いい歳こいてあんなことやこんなことをしてますが、それでもおつきあいくださるみなさんに感謝します。

んでそのタイミングでこの動画。



これ聴いてるとぼくの今までの人生を走馬灯のように思い出すのだが、なぜ。
ぼくがゲームの登場人物だったら登場するたびにこういう曲が流れるんだろうなあ。
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懸垂

2012/03/26 18:58
目下の趣味は懸垂だ。懸垂。高いところにある棒を握って自分の体を持ち上げるあれ。うちの近所になぜか懸垂用の柱があって、自転車で前を通るたびに懸垂をしている。おかげで英語を読んでて懸垂分詞構文が出てきてもわくわくするようになった。

最初のうちはぶら下がってるだけでいっぱいいっぱいだったのに、最近ではやっと2.5回くらいできるようになってきた。今までの人生でこんなに懸垂ができたのは初めて。ゼロと1の差は、1と2の差より大きいのだ。

できないことができるようになるって、どんな分野でも楽しいな。当面の目標は10回。
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切り絵その009 ウルフさん

2012/03/19 13:42
切り絵第9弾。満を持してナマモノに手を出しました。イギリスの作家、ヴァージニア・ウルフです。ジョージ・チャールズ・べレスフォード氏が撮影した有名な写真が元ネタです。

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年齢的には二十歳前後だと思う

実はウルフの作品はろくに読んでいません。最近になって、電車の中で読もうと『ダロウェイ夫人』に手を出しました。登場するのは脳味噌のふたが開きっぱなしになってる人ばっかりなので、こっちも脳味噌のふたを少し開けたまま読んでます。そして登場人物の視点に合せてラジオのようにこっちの脳をチューニングしています。ぼくにとってはけっこう新鮮な読み方で面白いです。とはいえあまり電車に乗る生活ではないのでまだ半分くらいしか読みすすめられていません。

それにしてもなぜウルフなぞ切ったのか。なぜでしょうねえ。そういえば漫画家のカラスヤサトシは自分の好きな作家のポートレートを壁にべたべた貼っていたそうですが、友人に「なんで会ったこともないおっさんの写真なんか飾ってるんだ」と指摘されてやめたとか。

反省会。服がぞんざい。ぞんざいでもそれっぽく見えるというのがかえってタチが悪い。つい手を抜いてしまいます。

「よしこれを切ろう」と決めてから完成するまでで最も時間がかかるのは、下絵の用意。切るのは意外と簡単に終わります。だから市販の切り絵下絵集なんかを買ってくれば、かなりお手軽な趣味として楽しめますぜ。とはいえこうしてトレス切り絵をしてると、自分で下絵を描いてみたくてたまらなくなります。そのためにデッサンの練習とかもしたい。世の中楽しいことだらけ、やってみたいことだらけだ。すてき。


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2013年が楽しみ

2012/03/09 21:14
シムシティ新作が出るぞ! いやっほう!



というわけで今から購入資金を積み立てます。こういうときだけ堅実。2013年かー。楽しみー。

そういえば昔の職場のパソコンにはシムシティ2000がインストールされてて、空いた時間には遊んでいい雰囲気だった(ぬるい職場)。他の人はどんな街を作ってるのかなあと思って見てみたら、ボスがキウィタス○○(○○はボスの名字)という街を持っていた。こっそり見てみると全く同じ大きさの小さなデコボコが健康サンダルみたいにびっしり並んだ地形に、これまた全部同じような建物がびっしり建っているというゾッとするほど不自然な街だった。計画都市とかいう言葉で呼ぶのも生ぬるいヤバさ。あれには引いた。

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ザリガニの名前

2012/02/20 22:31
 青いザリガニを飼い始めた。フロリダなんちゃらとかいうやつだ。

 当面の懸案は名前。アメリカザリガニだったら「赤い」「おっかない」の連想から共産系独裁者かそれ関係の名前でもつけようと思っていたのだ。メスなら「よど」(赤い人たちにハイジャックされたあれ)なんてどうかなあ、とか。でも青いのだ。
 
 ぼくが考えるザリガニの名前の条件は以下の通り。

・青に関係ある名前。または(ぼくが)青を連想する名前。
・おっかなかったりするといい。
・歴史上の人物か有名な文学作品の登場人物みたいなのがいい。

 いいアイデアがあればこっそり募集。ぼくが「よりによってそれきたかー」と感動するようなのを待ってます。
 弟に相談したら「青ひげ」だってさ。たしかに条件は全部そろうけど保留ってことで。
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切り絵その008 ナウシカさん

2012/02/16 00:50
切り絵ブログとなりつつあります。

今回は有名人(?)に挑戦しました。ナウシカです。
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メーヴェで飛行中のナウシカ。髪の毛ぼさぼさ。

ナウシカのりりしさがよく出たと思います。左側が寂しいのは勘弁。力尽きました。

今までは輪郭を切り出すようなものが多かったのですが、今回は光のあたっている場所をくり抜く手法でやってみました。これまでの作品はたいてい、薄い色に加工した下絵をケント紙に貼り付けて、残すところを鉛筆で黒く塗ってから切っていました。でも今回は、下絵をそのまま貼って、その場の思いつきで明るい色のところを切り抜きました。作業中はどうなることかと不安だったけど、いざ出来てみたらわりと何とかなるということが分かりました。よかったよかった。でもきっと、オリジナルを知らない人はごちゃごちゃしててナニガナンダカワカラナイと思います(特にナウシカの肩口のあたり)。まあ今のぼくの限界ということで。

今回の失敗は、背景の河の輪郭線。間違えて片方を切り離してしまったので、そのまま作品をもちあげると河の輪郭線がベローンと垂れ下がります。白い紙に糊付けすればいいんでしょうけど、まだやったことないし面倒くさいし。

ナウシカについては今回はあまり語りません。でも一言だけ。「ヴ王」っていうネーミングは秀逸だと思います。人物に名前をつけるとき、「ヴ」一文字っていうのはちょっと思いつかない。
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切り絵その007 赤コリさん

2012/02/11 09:20
切り絵ももう7作目です。ひさしぶりにオリジナルを作成してみました。
ぼくの飼っているかわいいなまずさん、コリドラスです。

今回のモデルはコリドラス・アエネウスという魚です。赤コリってやつです。安価で飼育も簡単、それでいてかわいいので、何か飼ってみたいという人にはおすすめします。もふもふと底砂をいじっている様子はいくら見ていても飽きません。

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綴りがCORYDORAS AENEVSとなっていてAENEUSでないのは仕様です。ぼくはUやJを使わずに大文字で書くラテン語が好きなのです。

では恒例の反省会です。まずは失敗したところから。手前の大きなコリドラスの左脇腹が直線的になってしまったのが一番イタい。本当はもっと丸くてふわっとした曲線にしたかったのですが。あとは同じく手前のコリドラスの影が若干おかしい。右側と左側の大きさが不揃いでしょう。それにしても手前のコリドラス、なんだか別の魚みたい。

その一方で、うまくいったところもあります。怪我の功名とでもいうか、そうするつもりがなかったのにできてみたら意外といい表現になっていた、という箇所がいくつかありました。たとえば左奥のコリドラス。頭のところの曲線がすこし角張っていますが、これはわざとではありません。曲線がうまく切れなかっただけ。でもそのおかげで、まるでその角が右目のように見えて、これはこれで大満足です。あとは奥の葉っぱ(アマゾンソード)。ど真ん中の葉っぱの輪郭が途切れているのも、本来の意図とはちがいます。でもこの輪郭線が切れることでかえってよくなりました。

今回はケント紙ではなく画用紙を使ってみました。その加工のしやすさにびっくり。もうケント紙なんて切るもんか、と思いました。ただ、画用紙は軟らかいので、細かいところを切ろうとするとズレてしまいます(アマゾンソードの輪郭が切れてしまったのはそのせい)。そこだけ注意かな。
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ザリガニのおしまい

2012/02/01 22:56
飼ってたザリガニが死んでショボーン。ザリガニってのはアーメンペット※の代名詞みたいな印象だったけど、丁寧に飼育すればそこそこ長生きするもんです。

だいたい熱帯魚は複数匹で飼っているけど、ザリガニは単独飼育だ。そこで家主のいなくなった水槽の濾過装置やエアポンプの電源を切ったのだが、そしたらとたんに部屋全体が静まり返ってびっくりした。急に襲う喪失感。この「全滅した水槽の電源系統を切る」っていうのは体験したことがないとわからない感覚だと思う。

そして仕事帰りの深夜に家の裏の土を掘ってザリガニを埋め、部屋に入ってテレビをつけたら古畑任三郎を放送してて笑福亭鶴瓶が深夜に土を掘って死体を埋めていた。

あまりいい飼い主だったとは言い難いが、ナマス地獄(動物の世話をさぼって殺すと堕ちる地獄。生きたままナマス切りにされるらしい)には堕ちなくて済む程度には世話をしたつもりだ。

合掌。

※アーメンペット。小学生の頃にMSX応援団(出たよMSX雑誌。しかもファンでもマガでもないやつ。1冊しか買ったことがないが)のシーモンキー紹介記事で使われていた。子供などに面白半分にいじり回され、ろくに世話もされずに死ぬ、おもちゃ扱いの生き物のことらしい。その表現の見事さに子供心に感動し、今でもよく使っている言い回しなのだが、当然のようにほぼ誰にも通じない。インターネットで検索してもこの意味では1件もヒットしない。代表的なアーメンペットといえばカブトムシだが、他にもいろいろいそうだ。そしてきっとザリガニもかなりアーメンペット寄りなんじゃないか。
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特報首都圏

2012/01/20 20:10
NHKの「特報首都圏」のテーマ曲が好きだ。

なんだか現代社会の不安がそのまま女の声になったみたいで、聴くだけで心が雲母のように薄くはがれる気がして非常に心地いい。首都圏に住んでいるのなら、曲を聴けば「あああれか」と思うはず。ここからてきとうに探してくれろ(ただしぼくの環境では再生できなかったので未確認)。


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切り絵その006 高枝さんと野木さん

2012/01/19 01:49
切り絵です。A4の大きさです。今回は小田扉のコミック『そっと好かれる』から、高枝さんと野木さんです。中央でこっちを睨み付けているのが高枝さんで、右側で歯ぎしりしながら高枝さんを見下ろすのが野木さんです。トレス切り絵にありがちなスタンダードなキャラクターではなく「よりによってそのキャラを切ったかー」みたいなのがぼくの切り絵の中心になりつつありますが、まあいいや。

高枝さんがエロい夢を見てうっとりしながら寝てるときに、上の階に住む野木さんが逆立ちの練習を始める。そのドッスンバッタンという音に目を覚ました高枝さんはやおら高枝切り鋏を取り出し、先端に球体アタッチメントを取り付けて天井をどん。その後、睨み合う二人(←この場面)。

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高枝さんは、高枝切り鋏の先端をいろいろつけかえていろいなことをする女性です。ポセイドンの槍みたいなものをくっつけて車に傷をつけたり、マジックハンドにして隣家から朝食を盗んだり、いろいろ。デートの時は大きなハートを、カラオケの時は大きなト音記号を取り付けます。なんだそれ、と思うかもしれませんがぼくもそう思います。なんだそれ。

今回の切り絵で目標にしたのは、最後まで愛着を持って丁寧に切ること。なかなか上手くいったと思います。6作目にして会心の作が出来ました。

特に出したかったのが、以下の要素です。現状の自分としてはよくできたほうだと思っています。
・一触即発の殺伐とした雰囲気を出すこと(特に、性欲も睡眠欲も満たされないまま叩き起こされた高枝さんのメンチを丁寧に表現すること)。
・三輪車と子供がかもしだすマヌケな雰囲気を大切にすること。
・野木さんの歯をしっかり描くこと。野木さんは自分の出っ歯を気にしており、ことあるごとに下の前歯で上の歯を押さえつけている設定だ。ここでは別に前歯の矯正をしようとしているわけではなく、単に腹を立てて歯を食いしばっているだけだろうが。

それと技術的なことで発見もありました。切り絵に使っている紙はケント紙なのですが、これは意外とカタくて、切るのがたいへんです。厚みがあって、切ったつもりがつながったままというのもよくありました。今度はもっと軟らかい、画用紙か何かにしてみます。あと、ケント紙って表と裏があるみたい。どっちがどうなのか分かりませんが。

今回は初めて「背景つき」に挑戦してみました。今までは人物中心のニコパチ(ニコッと笑ったところをパチッと撮影したみたいな、ということ)ばっかりだったので、もっとこう、動きがあるものか何かの場面全体を切ってみたかったのです。

小田扉の作品、大好きです。個性的な登場人物、実験的な演出、理屈っぽいストーリーテリングに絶妙な心理描写、そして温度のよくわからないギャグ。何もかもすばらしい。小田扉の描くマンガで一番有名なのは、おそらく『団地ともお』でしょう。ぼくのイチオシは『そっと好かれる』ですが(人を選ぶと思いますが)、それと同じくらい好きなのが『江豆町』です。架空の町を舞台にした、なんだかちょっとだけヘンな(そしてウスキミワルイ)話。『江豆町』の中にある、刑務所の受刑者がいつのまにか町に出てきて日常生活を営んでいる話なんて、カフカの小説をネガポジ反転したみたいな印象を受けました。



そういえば最近、小林聡美なんかが出てくる『すいか』というドラマをちまちま見ていますが、このドラマの印象が小田扉にそっくりです。登場人物は個性的だし、伏線はあざといばかりに見事だし、「おいおいちょっとまて」と思う間に話がどんどん変な方に進んでいくところなんてもう小田扉そのまま。たぶん一方が好きな人はもう一方も気に入ると思います。小田扉も『すいか』も知らない人は、まあどっちかに触れてみればよいかと。知らないのはもったいないぞ(どっちも)。


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モヤモヤ

2012/01/17 23:40
職場に行く途中の民家に、風見鶏の模型がある。もう少し正確に書くと、表札の飾りが風見鶏の形をしているのだ。
その風見鶏の下についている方角指示の矢印が、実際の東西南北とぜんぜん違う方を向いているのが気になって気になって仕方ない。かといって人の家のものを勝手に直すわけにもいかないし。前を通るたびにモヤモヤする。
もしぼくの家にあれがあったら、方位磁石を取り出してみっちり調整するのに。
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ろうそく

2012/01/13 19:20
ろうそくが便利だ。

家中の引き戸やタンスの引き出しに塗った。もうスッカスカに動く。
おすすめはプリンタ。引き出して使う紙受けとか、用紙をセットするところにある、紙のサイズにあわせて左右に動くあれとか(わかるか?)にろうそくをこすりつけると快適になる。いやあ便利だ。
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Island of Hope and Tears

2012/01/12 10:38
誰もが知るべき、ものすごい名曲の紹介。

ぼくは「もう二度と会えない生き別れ」を扱った作品にものすごくグッときます。たとえば「異世界とつながっていた通路がふさがる」とか「通信手段がほぼない時代に辺境へ移住させられる」とか。マンガでいえばドラえもんの『のび太の宇宙開拓史』や『銀河鉄道999』の最終場面にあるような別れ方です。文学では万葉集の防人歌がまず思いつきます。Cecilの楽曲「きみをさがしに」のフレーズ「それっきりだったバイバイ」も、聴くたびに必要以上に感動します。現代の卒業とか引っ越しとかは、再会の可能性もあるし連絡手段もあるから、自分の中では別物扱いです。

で、そんなぼくのツボをぐぐっと押してしまったのがこの曲、NightnoiseのIsland of Hope and Tearsです。

歌の舞台は19世紀半ばのアイルランド。この時代、アイルランドでは飢饉(じゃがいも飢饉は有名ですね)や暴動などが頻発する、非常に困難の多い時代でした。そして飢えや戦火を避けるため、アイルランドから多くの移民が新大陸へ渡りました。

Nightnoiseのこの楽曲は、そうした苦難の時代にあるアイルランドの移民の歌です。



歌詞は普通に音読するだけでうっとりするほどきれいです。かなり勝手な解釈を込めて訳を考えてみました。だいたいこんな内容です。

People are gathering at the pier
One bright September mornin’ clear,
Many are sad, so few are gay,
The ship’s bound for Amerikay.
みなが桟橋に集まってくる。
ある晴れた九月の朝。
だれもが嘆き悲しむばかり、朗らかな姿はほとんどない。
船はアメリカを目指す。

Tears and goodbyes,
Are echoing on the parting tide;
Some will leave with not a care,
Those who stay will pine and stare;
Love take hold of my hand if you will,
Before we set sail our glasses we’ll fill,
We will bid our friends adieu
In vows of love and hearts so true.
涙とさようならの声が、別れの水面にこだまする。
気のないそぶりで去る者たち。
あこがれのまなざしで見つめる者たち。
俺の大切な人よ、手を握ってくれないか。
船出の前に杯を酌み交わそう。
そして友には別れの言葉を。
心からの愛を誓って。

Each one dreaming his own dream,
“We are young, we are not afraid…”
Island of hope and tears,
Shelter and protect us,
Cast away our fears.
旅立つ誰もが夢を抱いている。
「俺たちは若い、何も怖くなんかない……」
希望と涙の島よ。
どうか俺たちを守っておくれ。
そしてこの恐怖を追いやっておくれ。

Running in the wake of war,
Prisoners of home, we who could not stay;
Orphans of the storm, how can we be turned away?
We have braved the wintry seas,
Crossed the raging deep to the harbour of the free.
戦火の中を逃げまどう人々は、故郷に閉じ込められたまま。
でも俺たちは行かなくては。
俺たちは嵐の中で生まれた孤児、どうして引き返せよう。
冬の海などものともせず、荒れ狂う深き海を越えて自由の港へ。

“How can I forget my name,
Speak a foreign tongue, nothing is the same…”
“My bed I carry in this sack
All that I own, never to look back…”
「自分の名前だけは決して忘れるもんか。何もかも違う世界で、他の言葉を話したって。」
「寝具しか入っていない袋。俺の持っているものはこれだけだ。でも振り返りはしないぞ……」

※中程にあるprisonerという単語について。日本語ベスト盤の歌詞カードでは、prisonerと単数形で書かれていましたが、実際の作品をよく聴くとprisonersと複数形になっているようです。意味的にも複数でしょうから、ここではprisonersとしておきます。それから"Love take hold of my hand if you will, / Before we set sail Our glasses we’ll fill,"の2行。これも日本語の歌詞カードの区切り方だと脚韻の具合や意味内容が違ってくるので適当な形に改めました。

この曲は遊佐未森によってカバーされています。日本ではそちらの方が有名なのかもしれません(未確認)。アルバム「水色」の6番トラックの楽曲で、タイトルはこちらもIsland of Hope and Tearsです。歌詞は遊佐未森による日本語訳です。演奏はNightnoise本人たち。



これと原曲を比べてみると、非常に面白いことがいろいろ分かります。

例えば遊佐未森の訳した歌詞の歌い出しは、こんなです。

青い月が浮かんでる くりかえす波の上
遠く耳を澄まして 心を解き放したら

おだやかな想いが満ちてくる
悲しい思い出さえ 愛しくなるよね


いきなり舞台が違います。原曲が9月の朝、明るい光の中だったのに対し、水色版(つまり遊佐未森の訳)では夜。そしてなんだか静かな印象です。泣いている人もいないし、別れの言葉も聞こえません。

別れの理由。原曲は戦争です。これは原曲を作ったトュリオーナさんも、19世紀に戦争を避けて移民したアイルランドの人々の旅を歌っているとはっきり述べています。ところが水色版はそのへんが曖昧にされていて、どうともとれるようになっています。

このほうが 二人のためだから
だけど涙で 声にならない


原曲は大勢の見送りがいたのに、水色版は二人だけです。他にも人はいるのかもしれませんが、愛する二人には見えていないのでしょう。そういえばここでも「声にならない」といっています。原曲では涙と別れの声がこだましていたことと対照的です。ここからも静かな様子が感じられますね。

船が向かう先も違います。原曲ではアメリカとはっきり名指ししていますが、水色版は「新しい島」。

船は動きだす
それぞれの夢を分けて
Island of hope and tears
新しい島をめざし


原曲の歌詞を見るまでは、向かう先の「新しい島」がIsland of Hope and Tears「希望と涙の島」だと思っていましたが、もともとはアイルランド島を指していたわけです。もちろん「新しい島」=「希望と涙の島」ととっても全然かまわないと思います。

こうしてみると、水色版がだいぶ大胆に書き換えられていることがわかります。時間は夜になりましたし、目指す先は新しい「島」であって大陸ではない。そしてアメリカとか戦争などのような具体的なものをほぼ出さず、聴く側の想像力に丸投げしています(ちなみにぼくは原曲の詩を読むまでは、高橋留美子のマンガ「闘魚の里」(人魚シリーズのあれだ)のラストシーンみたいなものをぼんやりと思い描いていました。人魚の肉を食べて歳をとらなくなった主人公が、同じ場所にはいられないからと小舟で港町を去るシーンです。昔の日本(江戸かそれより前)が舞台でした)。また、原曲は新しい世界への期待や不安、決意など、旅立つものの今後を見据える視点もけっこうありますが、水色版は主として個人的な別れに着目しています。歴史の一場面を扱った叙事詩を翻案して、現代を生きるわれわれにも理解しやすいラブソングに仕立て上げた、といったところでしょうか。でも、船に乗って別れざるを得ない、という別離の悲しみや、新しい世界を眺めつつも後ろ髪を引かれる気持ちなんかは残されています。原曲も水色版も、どちらもひとしく切ない気持ちになります。原曲にひっぱられずに普遍性のある歌詞を作り、それでいて原曲をきちんと踏まえている名訳だと思います。

NightnoiseのIsland of Hope and Tearsはアルバム"Parting Tide"(邦題「ひき汐」)所収です。ベスト盤にも入っています。水色版はアルバム「水色」所収。


誤訳なんかに気づいたらちまちま書き直すことがあります。
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縁起?

2012/01/11 00:23
枕元に切り絵セットを置いといて、眠れないときには3分単位でコリコリ切ってる。本当は寝る前に細かい作業をしたらかえって眠れなくなるらしいが。

でもこれってつまり枕元に刃物だよなあ。死んだ人にすることだったような気がします。なんかものすごく縁起が悪いことだったらどうしよう。まあどうもしないけど。

今は次に切るものを何にしようかあれこれ考え中。この時間が楽しい。「明日になったら続きをしよう」とか「ここまでお勉強が進んだら少しだけあっちも手をつけよう」とか思える対象があると生きてて張りが出ます。
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切り絵その005 柏木さんと仲間たち

2012/01/03 16:35
みなさんあけましておめでとうございます。今年こそ自分のキャラを変えます。

ひさしぶりの切り絵です。おっさんおばさんにしか分からないネタに手を出してしまいました。小山田いくの名作『すくらっぷ・ブック』です。

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『すくらっぷ・ブック』は、1980年代初頭に少年チャンピオンに連載されていました。長野県の中学生が恋したりケンカしたりと、妙に青臭く日々を過ごす青春群像劇です。

『すくらっぷ・ブック』でぼくが特に面白いとおもうのは、モブキャラ(背景に描かれるだけの人物)がほぼ出てこないということです。何話目だったか忘れましたが、扉絵にクラスの全員の顔とフルネームが描かれていました。たぶん小山田いくは、ひとりひとりのクラスメートにそれぞれの過去や個性を付与し、その上で(大胆にも)彼らの多くをただの脇役として背景に描くだけに留めていたのでしょう。そういうところもあってか、『すくらっぷ・ブック』の世界には妙に厚みがあります。中で行われていることは「そんなにうまくいくか?」とツッコミたくなるような展開ばかりですが。

なんというか、もしこのマンガが今初めて登場したとしたら、ここまで人気にはならなかったのではないでしょうか。絵のタッチもストーリーも、ものすごーく1980年代っぽい香りがします。特に内容はもうベタベタの青春もので、現代に生きる人にとっては臭くて読んでいられないと思います。

ただ、青春ものとしてはある意味とても分かりやすく、基本もしっかり押さえているので、実は青臭い話が大好きという人はこっそり読んで胸キュン(死語)してください。ぼくがこのマンガを知ったのはけっこう最近ですが、もし中学生当時に読んでいたらきっと猛烈に影響されていたと思います。今なお高校生の時に読んだ『若きウェルテルの悩み』の影響下にあるくらいですから。

『すくらっぷ・ブック』を読みたい人は復刻版でどうぞ。ぼくは古本屋をめぐって少年チャンピオンコミックスを集めました。



同じ作者による続編(?)の『むじな注意報!』は、『すくらっぷ・ブック』より殺伐としていて、なんだかイマイチでした。やっぱり現代には向かないのかなあ。

そういえば小山田いくにはバード・ウォッチング部を扱った『ウッド・ノート』という作品がありますが、マニアックさといい自然観測への愛情といい群像劇っぷりといい、去年ぼくが猛プッシュしていた『宙のまにまに』とかなり近い気がしました。ただし『ウッド・ノート』の方が『宙のまにまに』よりストイックで重苦しかったような印象があります(なにぶんだいぶ前に読んだのでけっこう忘れているのだ)。現代の青春群像劇マンガは『宙のまにまに』ぐらいの軽さが丁度いいのかもしれません(軽いというのはあくまでも小山田いくに比べてです)。

さて、今回の切り絵は『すくらっぷ・ブック』単行本4巻の表紙にしてみました。左下から右方向へ理美ちゃん、イチノ、まさいちろー、カナちゃん。中央にいるでかいのが坂口。その右肩にいる男の子が晴ボン、左肩の眼鏡っ娘(いやっほう)(でも眼鏡はほとんどかけない! 眼鏡っ娘なのに! ふしぎ!)はマッキーです。主人公は晴ボンこと柏木晴。感性が非常に鋭く、文学や芸術の素養もあります。小山田いく本人の興味関心もあるのでしょうが、晴ボンのおかげでマンガのあちこちに優雅で風流を感じさせるような場面が見られます。中学生って驚くほどバカなことを言ったりしたりするけど、その一方で驚くほど繊細できめ細やかな感受性を持っています。きっと80年代初頭を生きた、少しばかり感性の鋭い中学生は、このマンガに夢中になったことでしょう。

切り絵の反省会。今回の最大の反省点は、やる気をなくしてしまったのに無理やり完成させたこと。完成させたのはよいことと思いますが、やる気をなくしたせいで全体的にザツになったのはよくないことです。よほどのことがないかぎり、手をつけた作品は何らかの形で完成させようと思っていますのでなんとか最後まで作りましたが、正直なところもうコリゴリでした。

今回の切り絵はだいたい半年くらいかかりました。8月上旬に坂口の耳の内部を間違えて切り落としてしまってからとたんにやる気が萎えまくり、しばらく放置していました。大掃除の時に作りかけの作品が目にとまり、まとまった時間がとれるのはもはや正月三が日ぐらいだと思って、昨日から今日にかけてあわてて仕上げました。

一カ所でも失敗すると、とたんに気持ちが下向きになるのが良くないなあ。完璧主義はあんまり得することはないというのに。画像では分からないと思いますが、今回は間違って切ってしまったところとかがたくさんあって、理美の鼻なんてあやうくなくなるところでした。おかげでさらにイヤになってきて、細かな仕上げは全て無視。そうすると作業が雑になってまたミスが発生する。ざっくり切ってさっさと終わらせちまおうとおもって突貫工事で完成させました(ものすごくひどい物言いだ)。でもまああれだ。味。味ってことで。

料理は愛情というが、あれは半分ぐらいうそ。料理は絶対に技術です。じゃあなぜ愛情が大切かというと、「○○さんにおいしく食べてほしいなあ」と思ったらちょっとした手間を惜しまなくなる、ということでしょう。きっとこういう作品もそれと同じ。気持ちがこもっていると細かなところで手を抜かなくなる。その意味では、制作中の作品に愛情を持てなくなったことがイタい。別に『すくらっぷ・ブック』が嫌いなわけではなく、むしろ大好きなマンガだからこそ、こんないい加減でザツでミスだらけのな作品にしたくない、という気持ちが強くなってしまったのでしょう。このへんの心得違いも含めて反省点とします。

でも完成させたら、それなりに見られるものになりました。細かな仕上げをせずに、乱暴な線をわざと残しておくのも、原作との雰囲気のギャップがでてきて面白いかなあと。これも味ですね(便利な言葉だ)。投げ出さなくて本当に良かった。

もう一つの反省点は、モチーフの選び方。こういうスッキリしていて線画が中心の絵は、逆にものすごく難しい。ごちゃごちゃしている方が、つながっている部分が多いので楽みたい。

というわけで(どういうわけで?)みなさん、今年もどうぞよろしくお願いいたします。
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年越しのごあいさつ

2011/12/31 21:04
こっちのうっかりミスでコメント欄をずっと閉じたままでした。もし何か書き込もうとしてくれた人がいたらごめんなさい。こういううっかりがあってこそ、ぼくのブログです。

今年は『宙のまにまに』なるアニメに出会ってから、なにげない風景なんかを見てふと心を動かされることが(いままでもけっこうあったのですが)増えたような気がします。

さきほど、今年の漫画読み納めとして、終わらせるのがもったいなくてなかなか手が出せなかった『宙のまにまに』最終巻を読みました。そこに出てきた心に残る言葉です。

画像面白いものやきれいなものを見て深く感動すると、どうしてもそれを誰かと共有したくなります。ぼくが今もブログを書いている理由は、これかもしれません。

ブログを書く人っていうのは、具体的にだれに向けて書いているのか無意識のうちに決めていることも多いのではないでしょうか。少なくともぼくは、これを記事にしようと思うたびに、多かれ少なかれ周りの人たちのことを思い浮かべます。これを知って彼に面白がってほしいとか、こういうぼくの気持ちをあの人が汲み取ってくれるといいなとか、あいつにはぜひこれを見てもらいたいとか。

だからきっと、ぼくには好きな人がたくさんいるんでしょう。

2011年にぼくと交流してくれたみなさん、本当にありがとうございました。このブログを見ていない人も含めて、みなさんのこと、とても好きです。

来年こそ少しは変わらなきゃと思っています。それでもどうぞ変わらぬご愛顧をお願いいたします。

FELIX SIT ANNVS NOVVS>♪〜(・∀)ノシ
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モノレール

2011/12/24 19:43
今日は野暮用があって立川へ行ってきました。

多摩モノレールが出来たということは知っていました。レールの下を自転車で走ったこともあります。でも特に使う用もなく、遠目から見るだけでした。

立川からぼくの家までは、ふつうは南武線を使います。モノレールに乗る必要はありません。でも一仕事終えた解放感も手伝って、わざと遠回りして帰ろうと思い、一人でモノレールに乗りました。

Cecilの隠れた名曲に「モノレール」があります。幻想的な前奏とともに始まり、ボーカルが加わるころにはギター1本の伴奏になります。そこから少しずつ、モノレール独特の疾走感を思わせるパーカッションが聴こえてきます。決して急ぐことなく、静かにモノレールは滑っていきます。モノレールは海を越え、空の街へと向かいます。

これです。何度聴いてもすばらしい。

収録アルバムは「夏時計」「夏時計-2002 Encore Edition-」です。どちらも雰囲気はほぼ同じですが、若干アレンジの変更があります。


知ったきっかけはラジオです。(普段は聴かないくせに気まぐれで)ラジオを聴きながらロシア語を読んでいたら、たまたまこの曲が流れてきました。一耳惚れしてとりあえず辞書の余白にメモを残したのですが、そのことをしばらく忘れていました。 ある日、何かの単語を辞書で調べたとき、余白に「セシル モルール」となぐり書きがありました。そういえば感動したなあ、ということだけを思い出して、「もるーる」なる曲だかグループだかを探し回り、やっと見つけてみたらCecilの「モノレール」でした。

この曲がたいへんに印象深かったので、モノレールには強い憧れがありました。ところがそれからしばらくして、東京モノレールに乗って羽田に向かったとき、まず感じたのは幻滅でした。周りはパッとしない雑居ビル。社内はスーツをきたおっさんがたくさん(もちろんぼくもスーツを着たおっさんの一人でした)。Cecilの描くモノレールの旅の雰囲気とは比ぶべくもありませんでした。

さて。今日は、特に期待もせずに多摩モノレールに乗りました。立川北駅午後3時8分発。高幡不動駅までの旅です。

寒いのが苦手だから冬もきらいだと思っていたけれど、近年は冬の魅力を感じる機会が多くなりました。その一つが、昼下がりの景色です。関東平野の冬はだいたいいつも雲ひとつない晴れで、少し横から差してくる太陽が街にくっきりとした影をつけます。今日はモノレールの窓から外を眺めました。南に向かうモノレールの左側の窓からみたので、方向としては東です。前に広がる立川の街を見て、その緻密な美しさにびっくり。どの家の窓枠も、どの木の葉も、みんな影で細かく縁取りがされていました。

ため息をつきながら目を真下に向けると、レールはもちろん柵のようなものも見えず、本当に少しだけ宙に浮いて街を見ているみたいです。高速道路の上を通ったときに特に強く思いました。

軌道に沿って走る道には自転車に乗っている人がいます。ほぼ真上から見ると、午後の太陽で自転車のシルエットが大きく引き伸ばされ、アスファルトに映ります。まるで子供が道路におもいっきり落書きしたみたいな大きさと雰囲気です。

残念ながら富士山は見えませんでした。でも、多摩を南北に動くモノレールには、金色の水が流れる多摩川と、夕日を背中に受ける多摩の横山(多摩丘陵)の方がふさわしいかもしれません。

車両の中はだいたいどの座席も埋まっているくらいの混雑具合でした。だから窓から差し込む夕日は車両の中にも影を残し、いろんなものの輪郭を目立たせていました。ママの手をしっかり握るちいさな子供や、ケーキを抱えて男の子にもたれかかる女の子も光を浴びていて、クリスマスイブのモノレールによく似合いました。

多摩モノレールの印象は、Cecilの「モノレール」を聴いて思い浮かべたイメージとはぜんぜん別物でした。Cecilのほうは、海の真ん中を行くモノレールとか、遠くの方に見える街とか、星月夜とか、そんなものを思い浮かべます。車内もあまり人がいない、静かな印象です。色でいえば青かな。いっぽう多摩モノレールは、色でいえば赤とか金とか白なんかの印象が強く残りました。それでも多摩モノレールでぼくが感じた幻想的で繊細な雰囲気は、Cecilの楽曲以上のものでした。

たぶんぼくが今日、とても親しい人と一緒にモノレールに乗っていたら、ともに窓の外を眺め、まるでCecilの曲を一緒に聴くように感動を共有したことでしょう。クリスマスイブにこのエントリを読むみなさんとも、少しでも感動をわかちあえればいいな。

FELIX DIES NATIVITATIS
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ちょっと気持ち悪い話

2011/12/23 20:28
ぼくの机のそばからだれのだか分からない人間の髪の毛の束がビニール袋に入ってごっそり出てきた。
ぼくにはまったく心当たりがない。家族のだれも知らないという。

量としてはにぎりこぶし一つ分ぐらい。黒髪だけどよくみるとほんの少しだけ赤っぽい。刃物で切ったらしくて細かな毛のくずがいっぱい散らばっている。

なんなんですかこれ。スタンド攻撃ですか。ぼくがこの髪の毛に関する記憶を取り戻したらトラウマが発動して大変なことになっちゃう、みたいな展開はイヤです。
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ビッグイシュー

2011/12/16 10:51
ビッグイシューという雑誌がある。ホームレスが駅前で販売してるあれだ。1冊300円で、そのうち160円がホームレス自身の取り分になる。そうして集めたお金をもとにして社会復帰をしてもらうという仕組みだ。内容は、薬物とか同性愛とか自閉症とか環境汚染とか貧困とか地域格差とか、いろんな社会問題について広く浅く書いてあって、受験科目に小論文がある高校生がネタ集めをするのに丁度いいなという印象。ぼくは世の中にある諸問題を網羅的に知るために講読してる。

あまりにも同じホームレスのおっさんから買うのでだんだん顔なじみになってきて、買うたびにちょっとした世間話をしたり、暑い日にスポーツドリンクを差し入れたりするようになった。行きつけのホームレス。

で、この前も1冊購入しようと500円玉を渡したら、おっさんにお釣りの用意がない。じゃあ100円足してもう1冊買うかなあ、でも読んだのばっかりだしなあ、と思ってたらやおらおっさんが「ちょっとそこで両替してきます」と言い残して、商品と荷物(つまり全財産)をその場に残してコンビニまで猛ダッシュしてしまった。そこには渡されたビッグイシュー(最新号)を手にして、他の商品やぼろぼろのリュックの前にぼんやり立つぼくだけが。
これをよそから見るとまるでぼくが販売してるように見える。我ながらナンダコレと思った。

まあ大学院生なんて自分も含めていつだれがホームレスになってもぜんぜん驚かないので(そういえば『ホームレス博士』なんていう本もあったが)、その時に備えた練習ってことで。

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月食反省会

2011/12/13 13:41
この前のエントリで月食ロマンチック楽しみ、みたいなことを書いたが、その感想。

最初は欠けているのを見て「をを地球の影だー本当に丸いなー」などとわくわくしていたが、いざ月の大半が欠けた時の感想は一言でいうと薄気味悪くてドン引き。ロマンチックというより怖い。なんという禍々しさ。色はカサブタを連想させたし。まるで月が腐って落ちてきそうだった。死すべき人間が見てはいけないものを見ちゃった、みたいな気分がした。古代人があれを見たらさぞ恐怖を感じただろうなあと思った。

ということで向こう一週間は会う人みんなに月食の感想を聞いてまわるつもりです。とりあえず三人に聞いてみたらこんな:

・別に何の興味もない。
・家族みんなで感動しながら見た。お姉ちゃんは月が真っ黒になると思ってたみたいでがっかりしてた。
・月食は知らなかった。でも車の中からみた満月はものすごく奇麗でため息がもれた。

ぼく以外に「恐怖」を感じた人はいないものか。
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版画

2011/12/11 20:05
エルフェンリート見ながら年賀状の木版画をコリコリ彫ってたら指とか足とかとれた(作中人物もぼくのも版画も)。でもぼくの指は無事。

木工用ボンドで修繕するのは自分の中ではルール違反なので、切っちゃったら切っちゃったまま完成させます。他にも「折り紙はハサミを使ったらだめ」とか「切り絵は全部がひとつづきじゃないとだめ」などのルールが自分の中にはあります。破ったところでどうということもないけどなんだかシャクなのだ。

版画のコツは、多少欠けちゃっても「味だ」といいはることです。便利な言葉です。

あとエルフェンリートのオープニング曲って歌詞がラテン語で感激。こんど訳してみます。こんどってのは具体的には来年の8月ぐらいかな。こんどとバケモノ出たことなし。


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7月5日

2011/12/10 10:54
今日は月食だー。

柴草玲が「7月5日」っていう曲を書いていて、それが2001年の月食をモデルにした歌なんですわ。これがまた名曲で。

というわけでクリスマスイブがいそがしいそこのあなたは今夜をせいいっぱいロマンチックに演出するといいことがあるかもしれません。ぼくはその時間はたぶん一人で梅昆布茶飲んでますが。
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あこがれの自転車

2011/11/15 16:09
ポタリング(自転車でぶらぶらすること)をしてたらペニー・ファージングに乗ってるおっさんがいた。

探偵!ナイトスクープのセットにもある、前輪がバカみたいにでかいあれだ。
画像

すげー欲しい。出世したら買おう。
欲しいものばっかりでてくる。生きてるって楽しいな。
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海腹川背

2011/11/08 22:59
大願成就したらあれしようこれしようコーヒー飲もうといろいろ考えていますが、とりあえずすること候補の一つが最近見つかった。ニンテンドーDSと海腹川背だ。

こういう体術やら技やらを駆使してフィールドをぴょんぴょん飛び回るゲームのジャンルをぼくは「体操人類マットマンタイプ」と呼んでいる。自分の能力が上達したことをストレートに実感できるのでわりと好きだ。それにしても体操人類マットマンの情報って少ないなあ。

そういえば最近、時々だが多摩川でカスケード(お手玉みたいなやつ)を練習してる。あれも自分の身体能力の向上をストレートに実感できて楽しい。運動不足の解消にもってこい。でもストレスの解消にはならない。まだあんまりできないから。

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勘違い

2011/10/26 15:20
そうだこのブログは即身仏の鈴のつもりだった。生存確認としてたまに鳴らしとくか。ちりーん。
−−−−−−−−
今までずっと白鳥座のデネブが彦星だと勝手に思い込んでいて、ろくに見えない天の川を勝手に脳内補完してはあれこれ思いめぐらせていた。でも実際は違った。なんてこった。ぼくの萌えが空振りじゃんか。
そういえば『宙のまにまに』の最終巻が出てて発売と同時に買ったのだが、完結するのか悲しくてなかなか読めない。こういうことってあるよね。


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つづきスプレー

2011/09/21 17:07
古代ギリシアの彫刻が上野に来ていたので一人でふらっと見に行った。ついでに動物園でワニのエサやりも見てきた。
ディスコボロスってドラえもんに出てきたよね。のび太が「つづきスプレー」かけるやつ。なんかそれを思い出してた。

古代ギリシア展、たいへんによかったです。大学のみんなをさそっていけばよかったなあと今にして思います。
−−−−−−−−
ということで妙に古典古代に関心が沸いてきたのでまたぞろラテン語のテキストを引っぱりだしてしまいました。でも古典古代の文章を読むわけではない不思議。驚きの連載復活です。
1〜16は、タグ「ラテン語」または「レクイエム」から適当にたどってください。またどうせすぐに飽きて連載しなくなるでしょうが。

レクイエムを読む連載(仮) 第17回

Mors stupebit et natura,

[Mors]
 これは単数主格。意味としては「死者」とか「死」とか。あとは「殺人」「死神」なんかもこれ。たぶん「死者」ではないと思う。だって死者だったら複数にした方がしっくりくるもん。

[stupēbit]
 動詞の未来形で、現在1人称単数はstupeōだ。意味としては「硬直する」「動かない」で、stopみたいなもんだと思うと覚えやすい(語源的にはstopとどういう関係があるかは知らん。英語のhaveとラテン語のhabeoが無関係だったりするから安心できないぞ)。でもここでの意味は「死が止まる」だと変だ。他にどんな意味があるかというと「驚く」。なるほど、びっくりして動きが止まるわけだな。まあ「なるほど」とかいいながらも「死が驚く」ってよくわからないが。

[et]
 英語のand。これはいいよな。この筆記体が後にプラス記号になったとかなってないとか。

[nātūra]
 発音するときには長音に注意。「なーとぅーら」です。意味は「自然」。そして単数主格だ。最初に出てきたmorsを「死」と抽象概念で訳したのは、この「自然」とペアで使おうと思ったから。「死者と自然」よりは「死と自然」の方が収まりがよい。

訳:「死と自然とが驚くだろう」
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耳たぶ

2011/07/29 23:49
みんなでお酒を飲みながらにんにくの丸揚げを食べた。

にんにくの皮をむいたらものっそい熱くて思わず耳たぶをつかんだ。おかげで耳たぶべとべと。にんにくの汁と揚げ油のせいだ。

その後しばらく、座の話題の中心は「熱いものを触った時に耳たぶをつかむのってどうよ」だった。その間ずっとテカりつづけるぼくの耳たぶ。
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切り絵その004 久保さん

2011/07/23 18:58
ここんとこ切り絵ばっかり。
4作目は漫画の1コマから作ってみました。これを見ただけでなんの漫画かわかる女性がいたらぼくとつきあってください

画像
講談社ブルーバックスの『マンガ物理に強くなる』(原作:関口知彦、マンガ:鈴木みそ)から、物理の先生役を演じている久保聡美さんです。



回転する物体の運動はとっても難しい、という話をしながら、紙の上で野球のボールをシュルシュルと回しているシーンです。

この漫画は同シリーズの『マンガ化学式に強くなる』と並んで、学習漫画のくせに面白いという奇跡的なものとなっています。学研まんがひみつシリーズなどのような児童向け以外のマンガ参考書(つまり資格とか教養とかの目的でおっさんおばさんが読むようなマンガ参考書)は、つまらないものだらけです。なんの魅力もない登場人物が、本文の解説をそのままべらべらと話し、図をちょっと指さしたりして最後はダジャレで終わる。頭が割れるほどつまらない。勘弁してください。

ところがこの『マンガ化学式に強くなる』と『マンガ物理に強くなる』は、キャラクターがまず魅力的です。それにちゃんとした物語も展開しており、勉強する理由も作中でしっかり定められています。『マンガ化学式に強くなる』なんて化学の説明も分かりやすくて、高校時代にこの本があればよかったのに、とけっこう本気で思いました。




久保さんは見ての通り眼鏡っ娘(いやっほう)です。眼鏡以外の彼女の魅力は、物理をものっそい「面白がっている」こと。「テスト勉強のために公式を丸暗記すればいい」となじる友人に「一生覚えていたくないの?」と素朴に返し、世界が物理法則に支配されていることに深く感動する心を持っています。勉強というのは人類が楽しんでいる娯楽の中でも最高に面白いもののひとつだと思っていますので、それを体現してくれている久保さんのスタンスはとっても好きです。

で、切り絵の話。今回は髪質がうまく表現できたかな。でも中央のボールがちゃんと回って見えるかが不安です。ぼくは前後の場面をよく知っているので、この切り絵を見たときには中央でボールが回っていると認識できますが、初めて見た人はどう思うんでしょう。「おいもふかしたよー」とかに見えたりしませんか。気持ちに余裕がある人は何に見えたか教えてくださいシルブプレ。
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